開業届の正式名称は「個人事業の開業・廃業等届出書」であり「個人で事業を始めることになりました(事業を辞めることになりました)」という宣言です。
独立して会社を立ち上げたりお店をオープンしたり、誰かに雇われることなく自分自身で事業所得を得るのが個人事業主。自営業、という言葉の方が聞き慣れているかもしれませんね。
会社を立ち上げず、事務所もなく、リモートワークで仕事を受注するフリーランスにとって開業届は無縁の代物に見えます。しかし届け出を提出しているフリーランスもいます。
フリーランスが開業届を提出するとどういった変化があるのでしょうか。現役フリーランスの筆者の実体験を交え、届け出の必要性やメリット・デメリットをご紹介します。
個人で事業を始めるなら開業届を提出
フリーランスとして独立し、誰にも雇用されずに事業所得を得ていれば個人事業主です。ということは開業届を出したほうがいいのでしょうか。
自分とは無縁だと思っていた開業届、実は「義務」なんです。
開業届の提出は所得税法の義務!
まず大前提として、個人事業主が開業届を出すのは税法上の義務です。
居住者又は非居住者は、国内において新たに不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業を開始し、又は当該事業に係る事務所、事業所その他これらに準ずるものを設け、若しくはこれらを移転し若しくは廃止した場合には、財務省令で定めるところにより、その旨その他必要な事項を記載した届出書を、その事実があつた日から1月以内に、税務署長に提出しなければならない。
税務研究会「所得税法 第229条 開業等の届出」 https://www.zeiken.co.jp/
「えー! 開業届出していない!」と脂汗が滲んだ方、ご安心ください。今の所は罰則がありません。提出しない方もいますし、仕事が軌道に乗ってから提出する方もいます。
とはいえ「税法上の義務」ですから、開業届を出すのが当たり前だと心得ておきましょう。
副業でも個人事業主
会社員として働きながら、空いた時間に副業収入を得る方が増えています。会社に雇われて得る給与所得とは別に、誰にも雇われずに事業所得を得ているのであれば立派な個人事業主です。
ですから副業ワーカーさんも開業届を提出する必要があるんですね。
ただし「事業所得」ではなく「雑所得」の範囲なら、個人事業主と見なされません。
本業の給与所得があり、お小遣い程度の副業を週末に行っている、といったケースでは「雑所得」に該当することが多いでしょう。この場合は開業届が不要です。
見極めは難しいため、判断がつかない場合は税理士などの専門家に相談してみましょう。
副業収入は事業所得?雑所得?確認を。
開業届を出すと何が変わるか
開業届を提出し、受理されたら何が変わるでしょうか。
実は劇的な変化はありません。開業届を出したら笑っちゃうほど仕事が降ってくる、という変化があれば嬉しいのですが……。
実際に開業届を提出した筆者が「変わった」と感じる点を挙げてみます。
気の持ちようとモチベーション
- 「今の仕事ですか?フリーランスです」と胸を張って答えられる
- 名刺に屋号が記載できる
- 名刺に「代表」と記載できる
自己顕示欲のかたまり状態ですね。
しかし大げさな話ではありません。「個人事業主」として公的機関に申請すると、これまでよりも自分の立ち位置が明確になります。
立ち位置が定まることによって、個人事業主としての責任も感じるようになります。事業を行う代表者ですから、誰も守ってくれません。
筆者は良くも悪くも「独立」を自覚し「頑張るぞ!」と鉢巻を締め直すことができました。
書類や案内の宛名が変わる
開業届の「屋号」欄は空欄でも問題ありません。屋号が決められなければ後から届け出ることもできるそうです。
もし開業届に屋号を記載した場合、税務署から届く書類や案内メールの宛名が変わります! 実はこれが……嬉しいんです。
例えば、開業初年度に税務署から送られてきた「確定申告講習会」の郵送案内。自分の名前の前に屋号が記載されていました。またオンラインツールの申し込みや関連するやり取りにおいても「(屋号)◯◯様」と書かれています。
会社員時代に「(社名)◯◯様」と書かれていても何も感じませんでしたが、自分で決めた屋号が添えられていると気が引き締まります。
開業届で得すること
開業届は出したほうがいい! メリットしかない!
という情報が沢山あります。確かにメリットが多いのは事実です。
しかし、リモートワークの業務委託メインでお金の動きが少ないフリーランス(筆者ですね)の場合、今すぐ全てのメリットが享受できるわけではありません。恩恵に預かるのはまだ先かな……と感じるものもあります。
開業届のメリットとして最も有名なものが青色申告控除です。申請すれば皆が恩恵を受けられるため、これを目的に開業届を提出する方は多いでしょう。
青色申告で特別控除ゲット!
非常に俗っぽい書き方ではありますが、フリーランスが開業届を提出して得られる最大のメリットが、特別控除です。
専業フリーランスだけでなく副業でもある程度の収入が見込めるのであれば、やはり青色申告で確定申告した方がいいでしょう。
というのも、青色申告を正しく行えば65万円の特別控除が適用されるからです(最高額の場合)。当然納税額が低くなります。青色申告は究極の節税法だといえますね。
ただし税制改正により「65万円」の控除額は一律ではなく、e-Tax利用など「◯◯した人限定」の金額になりました。とはいえ、条件に当てはまらなくても開業していれば55万円の特別控除は受けられます。
今後ご自身の事業規模がどうなるか分からなくても、青色申告のために開業届を出すのは正しい選択肢といえそうです。
ただし注意点が1つあります。実は開業届だけで青色申告はできません。開業届提出に併せて「青色申告承認申請書」も提出しましょう。青色申告する年の3月15日までの申請提出が必要です。
青色申告書による申告をしようとする年の3月15日まで(その年の1月16日以後、新たに事業を開始したり不動産の貸付けをした場合には、その事業開始等の日(非居住者の場合には事業を国内において開始した日)から2月以内。)に提出してください。
[手続名]所得税の青色申告承認申請手続|国税庁
なお、青色申告には特別控除以外にも、赤字の繰越や減価償却の特例といった事業規模が大きくなったときに感じるメリットもあります。
開業届と「青色申告申請書」も忘れずに提出を。
社会的信用を少しだけアップ
開業届は「フリーランスとして事業を行っている」という証明になり、社会的信用度を高めます。
「私はフリーランスです」と名乗った人が本当に事業所得を得ているかどうか知るすべはありません。残念ながらフリーランスは信頼されにくいワークスタイルです。
では信頼されないとどういったことが起こり得るでしょうか。
例1.銀行口座の開設
銀行口座名義に「屋号」を使いたい場合、本当にその屋号で事業をおこなっているか、証拠提出が求められます。
このとき開業届の写しを提出すれば、その屋号で事業を行っている証明になり、口座開設が可能です(銀行ごとに他の要件を満たす必要もあります)。
例2. 事業者としてサービスを受ける・手続きする
個人事業主の共済制度を利用する場合や、そのサービスを受ける場合にも開業届の写しが求められます。
筆者はクラウド契約書サービスの申し込みを行った際、「事業を行っていることが証明できる書類」の提出を求められました。
サービスの申し込みにフリーメールを使ったこと、事業を証明するホームページがないこと、この2つから「信用が足りない」と判断されたようです。
事業を証明するために、以下のいずれかが必要だと言われました。
- 謄本の写し
- 開業届の写し
- 確定申告書の控え
もし私がフリーランスになったばかりだったら、確定申告未経験かもしれません。またリモートワークをしていると役所へ謄本を取りに行くのは面倒。
開業届はフリーランス1年生でも提出できますし、写しもすぐ受け取れます。開業届の写しは手元に置いておくべきだなと感じました。
お恥ずかしいことに開業届の写しが見つからず確定申告書を提出しましたが、万が一紛失しても大丈夫。開業届の写しは再発行が可能です。
開業届の再発行は税務署でできます。
働いている証明になる
お子さんを保育園に預けたいパパ・ママフリーランサーが直面する「就労証明」の問題。通常は雇用主(会社の担当者等)に必要事項を記入してもらいますが、フリーランスは自分で記入します。
保育園側が「本当に働いているの?」と疑うのも無理はありません。
仕事していることを確認するツールとして、開業届の写しの提出を求める保育園もあります。
開業届で損すること
メリットが多い開業届の提出に大きなデメリットはありません。デメリットになりうる点はいくつかありますが、開業した方全てが損をすることはないでしょう。
- 青色申告には時間 or お金が必要かもしれない
- 失業給付が受給できないかもしれない
- 健康保険の扶養から外れるかもしれない
3点を挙げましたが、場合によっては損するかもしれないと捉えてください。
青色申告には時間 or お金が必要かもしれない
開業届自体にお金はかかりません。青色申告控除を目的とするなら、お金と時間がかかるかもしれません。
白色申告は、お小遣い帳のグレードアップバージョンとも呼べる簡単な帳簿付けで確定申告ができます。一方青色申告は複式簿記でなかなか複雑です。
そのため毎年2月にのたうちまわるフリーランサーも多いはず!
青色申告用の会計ソフトは有償のものが多いため、お金がかかります。ソフトを使えば簡単にできる、とは言い切れず、確定申告書の提出に至るまでの道のりは長いものです。
時間を節約するなら税理士さんに依頼するのがベストですが、依頼料が高い!
エクセルによる帳簿作成も可能です。ですが青色申告は必要書類や保存要件などが年々複雑化しているため、制度改正に対応できないエクセル帳簿は思わぬミスが生じて青色申告ができなかったり、本来の納税額との差異があれば追徴課税のリスクもあります。
失業給付が受給できないかもしれない
失業給付は「再就職を目指す人」に対して支払われる給付金です。再就職したい人は開業届を提出するはずがないので、失業手当の受給は難しいでしょう。
特に開業届を提出して副業している方は要注意! 再就職の意思があっても「開業届提出」という事実によって、失業給付が受けられないケースもあります。
これまで副業ワーカーの絶対数が少なかったため、税務署と職業安定所のデータがうまくリンクされずに失業手当を受け取っている方もいました。
しかし副業人材の増加が見込まる今後、同じようにいくとは限りません。
健康保険の扶養から外れるかもしれない
健康保険の被扶養者の条件は健康保険組合によって異なります。一般的には所得や収入で切り分けられますが、所得が上限に達していなくても「開業している」というだけで扶養から外れることがあるそうです。
ただし健康保険組合ごとに基準が定められているため一概にはいえません。
筆者は開業届の提出前に、健保組合に問い合わせしました。その組合からは「開業の有無によらず収入だけで判断する」という回答を得ました。
扶養に入っている方、あるいは今後扶養に入ることを検討している方は、健康保険組合への確認をお忘れなく。
フリーランスを継続するなら開業届を提出!
屋号は必要ないし、青色申告するほどの収入も見込んでいない。開業届を出さなくても困ることはない。
それでも開業届の提出は義務ですし、仕事が軌道に乗ったときに「提出しておいてよかったな」と感じるでしょう。
なお、社会的信用を保つために役立つ開業届ですが、過信は禁物。
開業届を提出しても仕事の履歴が記録されるわけではありません。本当に働いているかどうか、は相手に伝わらないのです。
フリーランスとして信用を積み上げていくには、日頃の業務に対する真摯な姿勢と実績、そして正確な納税が欠かせません。そこに「所得税法上の義務を果たしている人・果たす人」というタグを1つ追加できるのが開業届なのです。